con caffè | コーヒーのおとも

コーヒーに合うパンやお菓子や軽食レシピ、コーヒーの道具やコーヒータイムの過ごし方など★Amazon、楽天市場、Yahoo!ショッピングで入手できる参考商品の表示にはアフィリエイト広告を利用しています

MENU

コーヒーのおともに読みたい本:コーヒー「こつ」の科学―コーヒーを正しく知るために/石脇 智広 (著)

家でコーヒーを淹れるようになると、同じコーヒー豆を、同じ自分が(程度の変わらない技術で)淹れても、違う味に入ることがあるのに気づく。今日はおいしく入ったぞ、と思って翌日同じように淹れても、ぜんぜん違う味に入ったりする。

 

 

それで、どうしたらうまく淹れられるのか知りたくなって、プロがドリップの解説をしている記事や動画をたくさん見るようになる。そうすると、どこかで推奨されているやり方が、どこかではNGとされていたりする。

 

豆の鮮度? 挽きかた? 温度? 抽出時間? 蒸らし? 点滴? 攪拌? ミル? ドリッパー? 調べるほどに、情報が増えて、かえってカオスにかえっていく。


何が違うんだろう、どういう意図でこういうやり方になっているんだろう、そんな風に考えるとき、ガイドになるような本があると、頼もしい。家でコーヒーを淹れ始めて、それが習慣になって、続くようになった人は、きっと、1冊くらい、コーヒーにまつわる解説本を買ったことがあるんじゃないかな、と思う。

 

我が家の本棚には、この本がいる。

 

 

ガイドブックとして、すごく頼もしく感じるのは、この本の書き出しからうかがえる著者の人柄、”さまよえる愛好家”を自称する真摯な態度にある。だって、「おいしい」は、詰まるところ、個人の嗜好なのだから、正解なんてないのが当たり前で、あまり自信満々に断定的な文章が並んでいたりすると、ちょっと信用しきれない気持ちにもなってしまうじゃないか。

 

ここから先に書かれていることの期待と信用が一気に高まる、書き出しの5行が素敵だなと思う。

私は「科学」というコンパスを片手にコーヒーの森を楽しみながらさまよっている愛好家の一人です。ある時は先人がつくった道に行き着き、プロの技に隠された理由を知り、思わず唸ってしまいます。また、ある時はいつのまにかできた道に迷い込み、常識の嘘を知ります。そして、コーヒーの核心に迫ろうと、自分でも一生懸命に道をつくったりします。

コーヒー「こつ」の科学―コーヒーを正しく知るために/石脇 智広 (著) p3. はじめに より

 

穏やかなトーンながら「常識の嘘」 とはかなり強い言葉だ。本の冒頭でいきなり、まことしやかに囁かれる嘘っぱちを静かにバッサリ斬ってしまうのだ。そうなってくると、この本のコンセプト自体にも、”俺流”の押し付けではなく、客観性を伴う「科学」的な態度で語るものである、という、ごまかしもごまかされもしない学究肌の著者像が浮かび、背筋が伸びる。書き出しですっかり掴まれてしまった。

 

すっかり掴まれてしまった。そんなことを言いながら、実は、数年前に買ったのにまだ読了していないのだけれど。ちゃんと書かれている本だからこそ適当には読めないという逆の作用が働いてしまうんだろうか。そんなことはない。集中力が足りないだけだ。

 

ただ、集中力がない人は、数年かけてじっくり楽しむのも、悪くはないと思う。この本で扱うテーマは、コーヒーの基礎知識から、焙煎や挽き方、抽出方法、道具、流通や品種まで、多岐にわたるが、「Q1 コーヒー豆って豆なんですか」から始まる87のQ&Aで構成されていて、一篇完結のエッセイのようにも読める。目次を眺め、気になるトピックがあったらそのページを開き、読む、そんな風に、少しずつ味わう読書があったっていいじゃないか。どこを読むかは、その日その時の興味と関心、読書機会は一期一会ということで。

 

コーヒーのおともにコーヒー本。読書しながら飲むコーヒーは、本の世界に没入して味なんてわからなくなってしまいそうだけど、読むのがコーヒー本となると、コーヒーを味わう集中力もグッと高まる読書になる。

 

コーヒーを飲みながら、コーヒー本を読む、というのは贅沢な時間だ。いろんなことを忘れて、コーヒーのことだけを考えるひととき、なんと平和なことだろうか。

 

ところで、信頼しているガイドブックを読み終わっていないのに、また違う本が気になってしまったり、している。いろいろなコーヒーの淹れ方が解説されているらしい、この本が気になっているんだよね。手法の解説本なら趣旨が異なるものだし、同時に2冊読み進めてもいいかな、など、誰に咎められる訳でもないのに、買う言い訳を探している。